テロ対策を水面に描いた絵に終わらせないために

 昨年11月14日に、パリで同時多発テロがあり、コンサートホールやサッカー場で120以上の人が犠牲になりました。ヨーロッパ全土で、厳戒態勢が取られていたにもかかわらず、4か月後の3月22日、ベルギーの空港と地下鉄の駅を狙ったテロで32人が死亡、340人が重軽傷を負いました。
 なぜ、若者が過激な思想に走るのか、世界中で原因が分析されています。
 生きる意味がわからず、何か重要なことをしたいと思っている子どもが、イスラム教徒の悲惨な現状を見せつけられ、過激な思想に触れると、容易に影響を受けてしまうことが指摘されています。「なぜ生きる」が鮮明にならない限り、どんな対策も徒労に終わるでしょう。

高森顕徹監修『なぜ生きる』「はじめに」には、こう書かれています。

 戦争、殺人、自殺、暴力、虐待などは、「生きる意味があるのか」「苦しくとも、生きねばならぬ理由は何か」必死に求めても知り得ぬ、深い闇へのいらだちが、生み出す悲劇とは言えないだろうか。
 たとえば少年法を改正しても、罪の意識のない少年にどれだけの効果を期待しうるか、と懸念されるように、これら諸問題の根底にある「生命の尊厳」、「人生の目的」が鮮明にされないかぎり、どんな対策も水面に描いた絵に終わるであろう。